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協働のまちづくりをすすめる市民会議第8回

荒木教授講演

  講演風景



講義「分権化と自治基本条例」



1.  はじめに


2.  自治基本条例制定の動向

 2−1 自治基本条例制定の背景

 2−2 集権システムから分権システムへ

 2−3 分権の捉え方と制度化

 2−4 垂直的分権と水平的分権

 2−5 行政改革と水平的分権

 2−6 憲法と地方自治

.自治基本条例の作り方  

 3−1 自治基本条例の性質

 3−2 自治基本条例の骨格(スケルトン)づくり

 3−3 意見集約の方法

 3−4 自治基本条例の先に見えるもの
 


【講義の要旨】

はじめに
 今日は「自治基本条例とはどういうことか」ということについてお話しします。 「自治基本条例とはなにか」について参加者が一緒に勉強し、互いに共通認識を深め合い、よりよい自治基本条例づくりを目指していきたいと思います。

2.自治基本条例制定の動向
 現在、全国の地方自治体において自治基本条例を策定しているところ、策定しようとしているところを併せてみると、約60団体ぐらいあります。どの自治体においても、熊本市と同じように、多くの多様な市民のみなさんが参加して、様々な意見やアイデアを出し合い、それらを整理・集約しながら自治基本条例の案づくりを進めています。
 これは市長の政策提案権の一部を、市民会議に「案づくり」というかたちで委任されたものといってよいと思います。したがって、この市民会議で議論された内容はそのまますぐに条例になるのではなく、条例制定のための基礎となる性格を持つものです。
 条例の制定権は議会にありますので、最終的には議会が議決して成立するわけですが、順序としましては、市長の提案権を一部この市民会議に委任し、市民会議で案づくりを進めてほしいということが求められ、そこで、市民会議において案を作成していくという形になるわけです。その後、この市民会議で作られた案と、現在熊本市にある多くの条例との摺り合わせが行われ、議会に上程する案ができるのです。議会に上程された後、議会内で審議がなされ、提案された条例案として成立するという流れになっています。

2−1 自治基本条例制定の背景

さて、今日は共通認識を深めるということで、「自治基本条例」なるものがどのような背景のもと、全国の地方自治体で取り上げられるようになってきたのかについてお話しします。
 まず第一は、近代国家として歩み始めた日本は明治以来、中央集権型の行政システムを採ってきました。殖産興業、富国強兵の策をとり、先進地に追いつき追い越せという目標を掲げて、その達成を集権的に進め、効果を上げてきました。しかし、現在の社会においてはその集権型システムが有効に機能しなくなってきております。
 その原因の一つは、経済活動がボーダレス化して、国境や地域を超えて経済活動が展開される状態になってきたことです。同様のことは情報についても言えるわけです。情報は世界を駆け巡っているわけで、熊本の情報はすぐさま他のところへ伝播していき、地球の裏側の出来事も瞬時にして知ることができます。情報はグローバル化の時代になってきているということです。
 もう一つの原因は、少子高齢化が進み、人口の構成状況が変わるとともに、人口が減少していくというダウンサイジング現象(規模縮小化現象)が進んできていることです。つまり、このようなダウンサイジング現象が政治、行政、経済に与える影響であります。すなわち人口が減ることで日本経済は停滞し縮小していく方向に進むということです。
 さらにもう一つは国民の価値観の多様化にともない、ニーズもまた多様化してきているということです。この市民会議の中でも多様な意見が出されていますが、その多様な意見をどうやって集約していくのかという問題があります。今まではお上(行政)の号令一下(集権的に)で進めていけばよかったのですが、今日のように価値観が多様化し、主体性の発揮が広まってきますと、なかなかそのようには行かないのです。中央政府が「あーしろ、こーしろ」と言っても、地域住民のニーズを踏まえて対応しなければならない自治体はそうはいきません。つまり、中央政府が進めていこうとする方向に自治体はすぐさま対応できない状況になってきているということです。これは従来の中央集権型のシステムが機能しなくなってきていることの現われといえましょう。                  
 そこで、この中央集権システムの行き詰まり状況を打開していくため、また、国家社会を活性化するため、あるいは熊本という地域社会を活性化するために、どのようなシステムを考えて対応していけばよいかという問題が出てきたわけです。

2−2 集権システムから分権システムへ
 では、中央集権システムの行き詰まり状況を打破していくためには何を考えたらよいのでしょうか。 まず第一は、熊本という地域においては国家政策に追随する熊本(集権的)ではなく、地域の特性や多様性に合わせた「熊本のまちづくり」をこれから進めていく必要(分権的)があるということです。
 第二は、個性的で活力のある地域社会を作るために熊本市民の皆様の考えをたくさん出してもらい、どうすれば個性的で活力のある社会をつくれるのかということについて、豊かな発想やアイデアに基づいた「活力ある社会の姿」というものを描いていくべきだということです。そこでは、過去の考えを参考にしつつ、現在に生きる人々の考えに基づいた社会像を描き出していかなければなりません。
 そして第三は、地域のことは地域で考え、自分たちの地域をどのようにつくり、運営していきたいかを考えていくことです。多くの多様なみなさんの意見が集約されてきますと、不思議なことに地域の姿や地域運営の仕方が上がってきます。これは市民の皆さんが共有できる地域の姿であり運営の仕方でもあるわけで、合意形成されたものということができましょう。こうした「地域のことは地域で考える」ということが最近、全国各地で盛り上がってきているということです。

2−3 分権の捉え方と制度化
 従いまして、活力ある地域社会を実現していくためには、国の権限や財源を地方に移していくことが必要となります。1995年、地方分権推進法が制定施行され、2000年4月からは国が持っていた権限を地方自治体に移譲することとなりました。各種法律の中に規定されていた国の権限を、都道府県や市町村に移譲すると言う「地方分権一括法」が成立し、各自治体は今まで取り組んだことのない仕事をやっていかなければならなくなったわけです。
 そしてそのような仕事をやっていく際、地方自治体は従来のように国の命令に従って仕事をしていくということではなくて、国と地方は併立、対等の関係原理に基づき仕事をしていくことになりました。つまり、地域社会を活性化していくための地方自治体の役割や権限が「自己決定」と「自己責任」というかたちで制度化されたわけです。集権的システムでは難しい状況に陥っていた地域社会の活性化を、分権的システムを通して可能にしていくために地方分権が推進されてきたのです。

2−4 垂直的分権と水平的分権
 ただ、ここで問題となりますのは、国が持っている権限を都道府県や市町村と言う地方自治体に移譲するということは行政の世界だけの話しだけだということです。一般の民間部門も地域社会の活性化に大いに貢献しているのですが、そういう民間部門まで権限を移譲することについては、ほとんど地方分権一括法の中では示されていないという問題があるのです。そのため、行政権限が国の行政機関から地方の行政機関へ移譲されてきたというだけでは行政機関間だけの分権にすぎず、したがってここではそうした分権の仕方を上から下への「垂直的分権」といっておきます。
 要は、この垂直的分権だけでは地域社会の活性化は図れないということです。そこで、民間あるいは自治の担い手となる様々な地域住民組織への権限移譲を考える必要がでてくるのです。地域社会の活性化はその社会を構成している成員の働きによって実現されてきます。そうだとするならば、社会の利益を実現するために活動している民間部門の組織や団体になにがしかの権限を移譲していかなければ地域社会の活性化は図れないことになるのです。そうしますと、具体的には、町内会や自治会、NPOやボランティアといった組織・団体も社会の利益実現のための役割を果たしているのですから、それらにもなにがしかの権限を移譲していかなければなりません。それらの組織や団体は、これまで行政が守備範囲としてきた領域の活動と部分的には同じ内容の活動をしており、両者のオーバーラップする活動領域は拡大する傾向にあります。
 社会的利益の実現と言う目標を達成していくために、一方では税金を使って活動し、他方では自腹を切って自発的に活動している。多くの人はそのことについて何か変だと思われているかもしれません。それは税金の無駄遣いともいえますし、住民自治的にも損失が大きいと言わざるを得ません。この点は行政改革との関連でも多分に是正していかなければならないことと考えられるところですが、国レベルの法律の中で「民間への権限移譲」をはっきりと示した内容を見ることはできない状況にあります。
 ところが、地方自治体レベルでは、増大する地域住民の社会参加活動は自治体行政と重複する領域を拡大させており、そのために行政が取り組んでいる事業の一部を地域自治組織等に任せるか、あるいは、それらと行政が協働して進めていくか、といったことを検討せざるをえない状況になっているのです。そこでは当然のことながら、社会的利益の実現活動に従事しているさまざまな組織団体の役割・責務と、行政や議会が持つ役割、責務を明確にしていく必要があります。このことが自治体において自治基本条例を制定する動きに結びついているのです。たとえば、熊本市に国から権限が下ろされたとしますと、従来の考え方では、権限の最終的な受け皿は熊本市になっていたわけですが、「官から民へ」という考え方を導入しますと、熊本市を構成している市民をはじめ、さまざまな経済活動を行っている事業者団体、さらには様々な社会貢献活動を行っている団体にも権限を移譲することになります。つまり、権限の受け皿は基礎的自治体としての熊本市だけでなく、市民自治組織や各種組織団体でも可能になること、そして、市行政とそれら団体とは上下の関係ではなく対等の関係であることにより、互いに権限を有効に行使しながら「活力ある地域社会」を創造していくということになります。これは行政の枠内の権限移譲ではなく、民間部門にも権限移譲し、目的とする「地域社会の活性化」を達成していこうとするものです。言い換えると、熊本市が持っている権限をボランティア・グループやNPOグループ、あるいは地域住民自治組織などに社会貢献活動に必要な権限の一部を移譲し、「皆様方で自発的・主体的にやれることだからどうぞおやりください、また、その際にはこういう権限とお金もどうぞお使いください」という形になっていくわけです。そうすると、市民の社会参加活動はやりやすくなりますし、行政もスリム化して動きやすくなり、地域社会が元気になり活力が出てくることになります。このような官から民への権限移譲を「水平的分権」といいます。


2−5 行政改革と水平的分権
いま、熊本市は行政の肥大化をいかに押さえていくかに躍起になっていますが、熊本市民が行政依存型市民から脱皮し、一所懸命に頑張って社会参加活動を行い、公共・公益活動に取り組んでいけば、その分、行政のスリム化が一方において進んでいくと言う関係がでてくることになります。このことは、先に述べた「水平的分権」の効果ということができます。その際、行政と民間部門とは対等な立場での社会の利益になる活動を行っていく、つまり、そこでは行政が“上”で民間が”下”だという上下関係ではなく、両者は対等な立場に立って活動していくようにしなければなりません。
 この水平的分権に基づく行政運営の手法は、イギリスのブレア政権下で開発されました。ブレア首相はサッチャー政権が集権的に行政の合理化を進めてきたのに対し、分権的・自治的に合理化していく方式を採用したわけです。これを「第三の道」と呼んでいます。
 それは地域住民が公共の利益を実現する活動に責任を持って関わることを社会的に認めていく、換言すれば、「行政の権限を民間部門に移譲し、移譲した範囲内において行政と民間は対等な立場に立って社会的利益増進に努めていくという考え方で、これば「水平的分権」による地域活性化の方式です。
 ですから、ただ単に、中央政府から地方自治体に権限を下ろす垂直的分権だけでは、地域の活性化にはあまり結びつきません。本当に結びつくのは、地域の自治組織が一所懸命自分達のまちをよくしていこうと考え、活動できるような制度環境にしていくこと、つまり、様々な地域自治組織に財源を付与し、公共・公益的な活動ができるような制度環境にしていくこと、つまり、様々な地域自治組織に権限や財源を付与し、公共・公益的な活動ができるような状況にしていった時、活力ある地域社会が創造されていくわけです。熊本市でもそういう形の分権化を進めていく必要があります。そのためには、熊本市という自治体は自主・自律性を確立していなければなりません。いまほど自主・自律的な自治体運営が求められているときはない、ということです。これまで、自治体運営の当事者とは誰かと尋ねられたときに「役所だ」「市議会議員だ」「市長だ」と、多くの住民はお客様のような意識で答えてきました。従来の中央集権型のシステム時にはそのような意識でも良かったのですが、水平的分権下では、地域住民は「自分達が主人公」という意識で取り組んでいかなければならないのです。

 2−6 憲法と地方自治
また、憲法の上でも地方自治法の上でも住民が自治の主人公である。つまり、自治の基礎を私達は担っているのです。ですから、自治体運営の当事者は、住民であり、住民が選んだ議員であり、彼らが議会で様々な意見を集約し、決定していく、そして、決定した結果を行政という当事者が実行に移していくという形になります。そこでは、住民と議会と行政の三者が一体となって地域を「自ら治める」、熊本市の自治を行っていくということになります。この三者が熊本市という地域を「自ら治めていく」そのための基本的な考え方をまとめたものが自治基本条例となるものですから、熊本市民はそれを共有化していかなければいけません。「住民は住民」「議会は議会」「行政は行政」というように、三者がバラバラであってはいけません。熊本市の自治を行っていくという基本的な考え方は、熊本市民と熊本市議会と熊本市行政の三者が共有して進めていかなければなりません。この三者が共有できる「自ら治めるための基本的な考え方」を示していくことが「自治基本条例」と言われるものなのです。

3. 自治基本条例の作り方
 次は、自治基本条例を作り上げていくためにはどのように取り組んでいけばよいのでしょうか。皆様を取り巻く環境はそれぞれ異なりますし、考え方も異なり、また、直面している問題も異なります。性別、年代別でも異なるでしょう。そういう異なる状況からの問題をここでは全部出していただく、これが重要なわけです。活力ある社会を作っていくには「自主・自立の自治体運営」を基本とします。そのことはたとえば、熊本市という地域社会が抱えている課題を、熊本市にお住まいの方々がどのように出し合っていくか、何を大事にしていかなければならないのか、そして、基本的にはどのような問題解決の考え方に立つべきか、さらには、そのためにはどのように取り組んでいけばよろしいかという側面から知恵を出し合っていくのです。この市民会議ではそういった基本となる考え方、理念や仕組みを具体的に考え、構想していくという形で示していく、これが「自治基本条例」になっていくわけです。

3−1 自治基本条例の性質
 自治基本条例は自治体運営の基本理念や仕組みを定めることであります。熊本市には他にたくさんの条例があります。それらはこの自治基本条例の内容に則するものでなければなりません。そういう最高規範性をこの自治基本条例は持っています。
 つまり、国における日本国憲法にあたるもので、法規範としては最上位に位置するもので、熊本市 においてはこれが自治基本条例に該当するのです。ですから、憲法に掲げられた範囲内で各種法律が作られていますが、それと同じように自治基本条例に掲げられた内容に基づいて沢山ある他の様々な条例の内容を合わせていかなければならないという大きな課題が残されているわけです。ですから、ここで検討されたことがすぐさま議会に上程され成立することにはなりません。このような課題を抱えているわけです。これは一年以上かかるかもしれず、そう簡単にはいかないのです。

3−2 自治基本条例の骨格(スケルトン)づくり
  自治体における最高規範性をもつ自治基本条例には、熊本市の市民自治をどのように強化していくべきか、あるいは当事者である熊本市の市民・議会・行政・といった主体の役割や責務はどうあるべきかなどについて真剣に考えて位置付けしていかなければなりません。そして、それをはっきりと示していく、これが自治基本条例の骨格になるわけです。
  これまで、そういう骨格になる部分を作り上げる仕事は行政がほとんどやってきました。しかし、水平的分権下の時代においては、行政だけではなく、市民や市民団体、事業者団体などの参加を得ながら、あるいは民間主体同士が、あるいは民間主体と行政が協力連携しながら進めて行くことが不可避となってきました。このように、市民同士が、市民と行政とが協働して公共・公益の利益を実現していくという考え方を軸にして、新たな市民自治の理念に基づく熊本市の自治行政を、どのような考え方に基づいて運営していくのかということをまとめていく必要が出てきたわけです。
  そういったものをまとめていくためには、まずは出発点として、熊本市はどのような街であって欲しいか、また、どのような自治体であることを目指していくべきか、そして将来の目標をたてて、それに向かって行くにはどうしたらよいのか、等等について共通認識をもち、それを高めていくことが重要となります。そのために、これまで7回にわたってワークショップで汗かきゲームをなさってこられたわけです。その場合、熊本市という地域の個性や特性を十二分に踏まえないといけません。また、幅広く見ていかないといけません。ある一点だけでなくて、熊本市全体の社会、経済、教育、文化、福祉など色々な分野にわたってみなで考えていかなければなりません。そういうことを、皆で意見を出し合いながら共有していくことが、この汗かきゲームなのです。ですから、汗をかいていただきますと、あるべき姿を共通に認識することができるのではないでしょうか。

3−3 意見集約の方法
  これまでの会議の中で皆様方はたくさんの意見を出されています。その意見やアイデアを分野別、性質別に整理・集約していきますと、スケルトン図に示されたような言葉で表されます。したがって、いろいろな意見は決して排除されているわけではありません。ただ、個々の意見はこのように集約される(小分類=項)ということを理解していただかなければなりません。その小分類をさらに集約していったものが(中分類=節)に、そして中分類をさらに集約したものが(大分類=章)にというように、自治基本条例のスケルトン、つまり、枠組みという形になっていくのです。つまり、皆様の意見はすべて含まれているわけで、決して排除されているわけではないのです。ただし、個別具体的なものをいちいち条文の中に入れることはできません。その意味で個々の意見を集約するというのはある程度抽象化・単純化するということでもあります。この方法は、東京工業大学名誉教授川喜田二郎先生が考案された「多様な意見の論理的とりまとめ方=KJ法」に依拠するやり方でありまして、ある程度の抽象化はやむを得ず、そこの所を理解していただく必要があります。
  また、これまで各班で様々な意見を出していただき、それを小さなカードに書き出し、それを分類して集約していく作業を積み上げられてきたと思います。この時、各班でこのような会議のありかたやその運営のあり方について「どうする、こうする」と言うことが決められてきたか、つまり、権づけがなされてきたかどうかということです。もし各班で合意されていたならそれにしたがって進めていく、されていなければこれから合意を形成して一定の権威付けを行い、それにそって運営していけば今後はスムーズに進むと思います。

3−4 自治基本条例の先に見えるもの
  次に、条例作りの作業とは、まさにスケルトンづくりの話しですが、このような自治基本条例ができた後の見通しが不明瞭であっては困ってしまいます。現在、市町村合併が促進されていますが、八代地域や天草地域の中で市町村がバラバラになってしまっているのは、それぞれの地域特性や人口規模が違うことで、合併して大きくなった地方自治体の政策形成に自分達の地域の声が届かなくなってしまうのではないかという心配に応えていないからです。そこで、そのような進め方では困るため、合併はやめようとい考えるわけです。
  現在、合併特例法には、「地域審議会」という用語が入っております。これは合併した場合、旧市町村の声を、新しく大きくなった自治体の政策形成に反映できるように「地域審議会」を旧市町村単位で作り、そこの意見をまとめて新自治体の政策形成に反映させるという仕組みをしめしたものです。しかし、これはあくまでも新しく誕生した自治体首長の諮問に対して答申する審議会ベースであり、したがって、行政機能ではあり得ても、「自己決定」するという政治的機能にはなりえないところに問題があるわけです。
  この「自己決定」という政治的機能をカバーするためには、補完性の原理が考えられます。 つまり、自分でできることは自分で決め、できないことは隣近所と一緒になって取り組み、それでもできないときには、 さらに大きな小学校区や中学校区で対応していこうということです。平たく云えば、家庭でできることは熊本市には口を出さず、熊本市でできることは熊本県は口を出さず、熊本県でできることは国は口を出さないということをはっきりさせようということです。これが自治基本条例の先に見える姿です。どうしてもできない部分はより広い区域の知恵を、資源を、アイデアを、そして財源の力を借りる、つまり、足りないところを補完しあっていくということです。ですから補完性の原理を働かせながら「地域の自治運営」を行っていくということになります。

 この補完性の原理は欧州統合が進められるときに、一国でできない時は、その隣近所の国家と一緒になってその問題を解決していきましょうという、お互いに足りないところは補完していって一つのまとまったものを作り上げていきましょうという事から始まった考え方でありますが、これは自治基本条例でくりでも適用できる考え方です。
  イギリス、ドイツ、フランス、アメリカでも、この考え方を地方自治体レベルの、地域自治の運営方法に取り入れております。日本ではこれまで、自治体は国に甘え、住民は行政に甘えすぎていました。とくに住民は、自らが主体的に意見を述べることに慣れていなく,お上への依存が体勢を占めていました。しかし、今日は主権在民であり、自治の主役は住民なのです。地域の自治運営において住民が自己主張しあい、様々な意見を出し合って舵取りをしていくのはあたりまえの時代なのです。自分たちでできることは自分たちでやっていく、自分たちでどうしてもできないところは行政でやって下さいよというような方向へ持っていく、これが自治基本条例を制定した先に見えてくる地域社会の姿なのです。このような地域社会を創造していくための住民、行政、議会の役割と責務をルール化するのが自治基本条例づくりといってよいでしょう。

以上をもちまして、私の話しを終わらせていただきます。

Qスケルトン案のように市民の意見を抽象化させてしまうと、市の行政や関係する組織を十分に機能させることができるのでしょうか。例えば熊本市には環境基本条例がありますが、これと自治基本条例とが二本立てになった時に十分に機能するものでしょうか。もう少し具体的にスケルトンを共有して、100条くらいになっては困ると言われましたが、一つ一つの思いを大切にしていけば、どれだけ増えてもよいのではないでしょうか。もう一度、基本に戻って熊本市民のそれぞれの思いを載せた方がよいのではないのでしょうか。

A.お気持ちは十分わかります。ただ、条例は長ければ誰も読みません。要は、抽象化する過程の説明が十分に行われればよいわけです。一定程度まで抽象化されても、その原型がわかるような形での抽象化をすべきですが、これが難しいわけです。具体的な考えを皆さんはお持ちです。それを、例えば、道路問題ならこの部分に入れることができるなという形で、皆様で意見を出し合ってまとめていくわけです。皆様の意見はこのような形でこのジャンルに入りましたということが説明できればよいわけです。
 それから、環境基本条例と自治基本条例が同じレベルかどうかという点については、先程、最高規範性をもつのが自治基本条例で、したがって環境基本条例はこの自治基本条例に合うように変えていかなければならないということを申し上げました。その摺り合わせは行政の方でなされていくことになりますが、その際、市民会議の考え方や意見が最大限尊重され反映されていくことは当然であります。以上です。

                    

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