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田迎校区は、古くから花づくりで有名なところです。
この花づくり、大正末期、繭の値段が大暴落した折り、養蚕に替わって園芸技術が取り入れられたのをきっかけに始まりました。
現在も着実にその生産は伸びています。 田迎小学校は、明治15年に開校の尋常冷水(転じて麗水)小学校として開校しました。 冷たくておいしい井戸水が飲めたことから”冷水”と名付けられたといいます。 校内には古井戸や樹齢100年以上の大楠が十数本残されており古い歴史がうかがえる学校です。 そんな田迎校区にお住まいの平野雅曠さんにお話を伺いました。 「わたしが子供の頃は、まだみんなかすりの着物に草履ば履いとったですな。 女性と話すとも恥ずかしかった時代だけん、男ばっかり何人かのグループば作って遊びよりました。 家の周りには田んぼが広がっとって、所々にぬかるみがあったつですよ。 そこで、よう”根ん殻”ていう遊びばしよりました。 これは木の根っこば槍のごつしてぬかるみに打つ遊びで、人んとばうっ倒した方が勝ちになっとですたい。 それから、『打ち割り無うなし構いなし』てかけ声かけてこまの打ち合いなんかもしよったですな。 こまは、手斧のしんば打ち込むと強うなるとですよ。だけん少しでも勝とうてかじ屋に特注しよったもんです。 やっぱり祭りが一番の思い出 「子供たちでやる祭りはすべて、男女別だったですな。 正月の三夜さん祭りは男女それぞれ頭の家に集まって、ご飯とこるもん(香物)ばたべち、一日遊んで過ごすとです。 7月24日の地蔵さん祭りは、男ばかりでするとですが、みんなで集めた経費で買ったお菓子が、年の若いもんは少ししかもらえんとです。 早う大きくなりたかったもんですたい。弘法さん祭りって言う女だけの祭りもあったですよ。 正月にある十五夜の綱引きだけは、大人も子供もみんな一緒でした」とはなしてくださいました。 (平成4年8月号市政だより「くまもと散歩」より) |
![]() | 田迎小学校 | (1.3M) |
![]() | 田迎神社・禅林寺跡 | (1M) |
![]() | 武家屋敷 | (960k) |