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平成19年熊本城は築城400年を迎えます
熊本城みてある記(15)

熊本城最下段の曲輪(くるわ)…
今は肥後名花園となる竹ノ丸

 坪井川に面して美しい姿をみせる長塀、一直線につづく242メートルの白漆喰(しっくい)と黒の腰板のコントラストは、素晴らしい景色です。
 しかし、城郭としてみるとこの長塀には幾つかの弱点があるのです。その一つは、塀を乗せる石垣の問題です。普通城郭の石垣は折れ曲がりながら連続しています。それは屏風(びょうぶ)を立てたようになり、屈折した石垣がお互いを支えて堅固になるのです。ところが直線だと支えがない分弱くなります。それにこの位置は築城までは白川が流れていたところで、よく観察すると崩落を補修したような痕跡がいくつもみられます。それから直線の塀だと、敵の攻撃に対して正面の一方向だけの防御しかできません。この点でみても石垣は突角が多いほど有利となります。
  しかし、長塀は前に堀の役目をもつ坪井川が流れ、そう簡単に攻められませんし、城郭には大名の権威の象徴としての美しさも必要です。長塀では城下からみた景観が重視されたのかもしれません。
 長塀の内側は竹ノ丸とよばれる曲輪で、昔はお城の建物を管理・補修する部署があり材木蔵なども建てられていました。また、長塀のすぐ後ろには「川手鉄砲蔵(かわのててっぽうぐら)」という倉庫がありました。この名前から坪井川に面したこの辺りを川手と呼んでいたようです。
 現在この竹ノ丸には「肥後名花園」が造られています。そこでは肥後六花とよばれる椿・芍薬(しゃくやく)・花菖蒲(しょうぶ)・朝顔・菊・山茶花(さざんか)が楽しめます。それぞれ長い歴史の中で作出され、厳格に守られてきました。その花の特徴は、大輪で豪華な一重咲きで花芯の美しさを尊んでいます。また、菊や朝顔ではただ花だけを楽しむのではなく、花壇における色・花形・草丈の計算された配置、鉢と姿と花のバランスを観賞します。このほか六花ではありませんが、櫨方(はぜかた)門の料金所のすぐ内には肥後桜の並木が植栽され、染井吉野とは少し趣を異にする桜が楽しめます。
 竹ノ丸から七重八重の石垣越しに望んだ天守閣も絶景の一つです。お楽しみください。

このコーナーは富田 紘一市文化財専門相談員が執筆しています。
 
 
長塀と竹ノ丸全景(熊本城模型より)
 
竹ノ丸から七重八重の石垣越しに天守閣を望む
 
 
様式美の極み、肥後菊の花壇

 


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『白川』


   
 
   
地下水を蓄える白川中流域

 熊本市内の中心部を流れる一級河川、白川の源流はどこだと思いますか?それは阿蘇根子岳なんです。そこから阿蘇カルデラの南側の南郷谷を流れ、北側の阿蘇谷を流れる黒川と立野で合流し、本川「白川」となります。白川の上流には、名水百選にも選ばれている白川水源があり、またその中流域は私たちの生活に欠かせない地下水のかん養域となっています。源流から有明海までの全長は74キロメートルで九州第9位、流域面積は480平方キロメートルで九州第14位だそうです。
 現在の白川の原型は、基本的には加藤清正によって造られました。市の中心部においては、清正は熊本城を築城する際に、その近くを坪井川と合流し大きく蛇行して流れていた白川を築城のための材料運搬に利用しました。築城が完了した後は、坪井川と分離させ白川の蛇行を直線化し、洪水の危険を避けるとともに両川を二重の城濠(しろぼり)として利用したようです。そのほかにも清正が行った治水工事は、今でも白川の至る所で見ることができます。
 日中は暑い川沿いも、日が落ちると涼しい風がそよぎます。清正が治水工事を行った昔に思いをはせながら、白川沿いをゆっくり散歩してみるのもいいかもしれませんね。


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